35年前に知った台湾人の優しさ、次世代につなぐ架け橋になりたい


藤野栄一さん

神奈川県在住。鉄道会社勤務の49歳。自由な単身暮らしを満喫中で、趣味は旅行、ジムでの筋トレ、水泳など。

Q、鉄道会社にお勤めなんですね!

A、はい、今は本社の事務職ですが9年前までずっと駅員でした。実は、それも台湾中国語を学ぶ一つのきっかけです。

Q、どういうことですか?

A、新宿駅にいた時、一番多かった訪日外国人客が台湾人だったんです。朝の通勤ラッシュが終わると海外客であふれるので、漢字のガイドブックを手にした人を見たら中国語で話しかけ、英語のガイドブックを持つ人には英語で話しかけ、毎日数百人に対応していました。

Q、なるほど!よく中国語を話せましたね?

A、中国語の勉強は大学時代からやっていたんです。父が仕事で台湾と日本を行き来していた関係で1990年、台湾を訪れたことがあって。そのとき現地の方々の印象がすごく良くて中国語に興味を持ったのかもしれません。

ただ、ずっと発音の仕方が分からなくて、社会人になって友人に紹介してもらった中国人留学生に週3回くらい口の動かし方から習ったんです。その後台湾旅行に行ったら、なんと中国語が通じちゃった(笑)!!すごくうれしくて、帰国後、台湾人の先生を見つけてちゃんと発音を教えてもらったんです。

Q、初めての台湾は35年前だったのですね?

A、中学生でした。言葉ができなくても、みんな本当に優しく親切にしてくれたのが忘れられなかったですね。しかも、50代60代の人たちは、ネイティブとしか思えないほどきれいな日本語を話していました。中学生の私には驚きで、理由を聞いたら「私たちは子どものとき、日本人だったんだよ」って。

レストランやデパートの店員さん、タクシー運転士もみんな、日本人だと分かると美しい日本語でサービス精神旺盛にいろいろ案内してくれた。まるで日本の田舎の気さくで親切な日本人と接しているような不思議な感覚になったことを思い出します。

Q、まだ日本語で育った方が現役だったんですね。

A、当時の台湾は今とまったく違います。MRTがまだなく、原チャリがあふれて4人乗りは普通。大気汚染で空は灰黄色。タクシー乗車時は割り込みが普通(笑)。今は空は青いし、車が車道の真ん中を走るし、バス停で礼儀正しくみなさん並びますよね。環境やマナーが格段に良くなった。

ただ、昔からずっと変わらないのが優しくて親切な人柄なんです。それは、日本人として育った世代の方々が、日本との関係を大切に思う気持ちを子や孫に脈々と伝え続けたおかげだと思います。

もう日本語ができる台湾人は減っていますが、私は「恩送り」のつもりで、退職後は日台交流の架け橋になろうと思っています。

Q、YK中国語フレンズは夢の力になっていますか?

A、はい!添削していただく講師の方々が「どうすれば分かりやすく伝わるか」しっかり考えてくれているのを感じます。ゆりクニさんの動画も本当に分かりやすくて日々感謝しています。

台湾の友人のお母さんがめちゃくちゃ早口なんですが(笑)、そんな台湾人ともネイティブかのように会話するのが目標なので、聴き取りと作文のスキルをもっと上げたい!添削いただいた内容はノートに書き出して、通勤中でも復習できるよう持ち歩いています。

今年は私も50歳。秋から会社を休職して11か月間台湾に語学留学に行きます。夢への土台づくり、楽しんできます!

私がインタビューしました🎤 

「私たちのヒロインズ⭐︎ジャーニー」編集長レイラ

レイラさんのリンク:https://ameblo.jp/leyla-interview-coach/

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